童謡詩とユーモア
市金庫ブルース
おろかしきわが歌草の断片(きれはし)をヤクショの少女等、興がりて冩し唄へる戯作いっ篇
暗い市金庫 窓の下
國税 縣税 また市税
僕は押してる 赤い印(はん)
年がら年ぢゆう 籠の鳥。
窓に小鳥が 來るように
ちょっと可愛い 優ひとみ
税を納めに くる時は
何故か搖れます このこゝろ。
雲がゆくゆく 窓の外
杳(とほ)いあこがれ 白い夢
何日になったら 鳥のように
翔んでゆけましよ 蒼空を。
☆7☆11☆
日記 「随想」から
太田博と郡山市役所(現・福島県県中合同事務所)
業務連絡のため度々訪れた郡山市役所と税金について、一篇の詩が残されている。市役所の女子職員を相手に、税金を詩作のテーマにして歓談する太田博の姿が目に浮かぶようです。銀行勤務は入営する昭和17年1月までの4年間にわたっています。
僕の解剖
谷 玲 之 介
としは・未だはたちの小僧っ子じゃ
背は・日本男子の標準型,岡氏が羨ましいと言ひました
目方は・動物園の象よりや輕いさ
性質は・變な事を聞くねえ、べらんめえ、江戸っ子だい、
神田っ子だい、(アレ?なにかのセリフだゾ、
これは――?)
戀人は・なし、申込に應ず、申込金不要
趣味は・パチンコ、ブランコ、ドロンコ
欲しいものは・鼻の下を計るモノサシ
嗜好は・オコメ、ミヅ、クウキ、グリコ
夢は・見るけど忘れる、現實が夢であれ
惡いくせは・絶對秘密ですがネ、女性に弱いですワ
したいことは・結婚
詩謡誌ああおぞら七月号・昭和十五年七月
注:岡氏は若き日の丘灯至夫氏を指す。
*どうじん・ためしぎり・
おんぱれいど*
月 照美
あたり前の人間でないことだけは確かである。大きい聲を出して街をあたかもカマキリの如く怪異な容貌を少し上向きにして、下駄をひきづって飄々と歩く。彼の手は美しい。札束が漂白剤の代用をするらしい。(彼は押しも押されもしない銀行員なのである)。この手からあの「たばこ」が生れ「雪夜の橇唄」が生れるのだ。彼はまたその引っ込んでいる目を何時も天の一角に向けて「ボーイズ!ビーアンビシャス!」と口をとんがらかしてわめく。とにかく当たり前の人間でないことだけは確かなものである。
詩謡誌・ああおぞら・七月号
(昭和十五年七月)
「蒼空」に投稿する仲間同士が相互に友人を批評して、切磋琢磨し合って向上を計ろうとするコラムが★どうじん・ためしぎり・おんぱれいど★であった。月照美は太田と詩作を競う良きライバルであり、猪苗代湖の湖水浴には共に参加しました。
次の小品「屋上の秋」は、太田の勤務先の郡山商業銀行の屋上での出来事を彷彿とさせる雰囲気を漂わせています。
郡山商業銀行(現・東邦銀行郡山中町支店)
屋上の秋
青々と山の背が、秋ちかい穹の下で光っていた。
屋上を吹く風が疲れた敏夫の神經をかるくして呉れる
ように、颯々と、ワイシャツの汗を冷たくする。營業時間の終る三時半までの加速度的な繁忙を切り抜けると、ほっとして、屋上の遠景を楽しむのが敏夫の常だった。
ー 中略 ー
赤蜻蛉がすいと逃げたと思ったら、少し離れたところにとまって眼玉をぐるぐるさせた。
「保っちよに、詩がわかったら、そうだね、ある歴史が變ったかもしれない」
「そうォ?」本當かしらといふ可愛いい眸の底に、敏夫は恐ろしい眞實が秘められてゐるやうな凄まじい豫感が、影のやうに自分の心理の中を駛るのを感じた。
(こんな姿勢はよくない)何處かかでそんな聲がした。敏夫は不思議な幻覺に溺れて行きたい欲望が奔騰することを知った。
ー 略 ー
蝋人形第十巻十二号・昭和十四年十二月
昭和13年郡山商業学校を卒業した太田博は市内にある郡山商業銀行(後に東邦銀行)に就職した。翌年一月号の詩誌「北方」に次の言葉が寄せられて、多忙な銀行業務の一端を伺うことができます。
「正月号に夛彩な諸兄の作品を拜見力強く感
じました。小生、歳末より新年かけて決算
の繁忙の為、心ならずも筆をとれず全く申
訳なく、お詫びいたします。」
雪夜の橇歌
忘れた幻
吐息に浮ぶよ
となかい駛(はし)らせ
通(かよ)ったこの道
落葉松林を
すべっていったよ。
戀しい俤
瞼に沁みるよ
去年のまんまで
變らぬこの道
落葉松ばやしも
粉ゆきけむるよ。
切ない想ひ出
心に疼くよ
泣かない氣持で
雪夜の橇唄
鈴さへ冷たく
空虚(うつろ)にひゞくよ。
別れた戀人
いまさら想ふよ
涙があふれて
うたへぬ橇唄
鈴さへさみしく
夜穹へ消えるよ。
「蝋人形」第十一巻三号(昭和十五年)
虹と子つばめ
夕立やんだ
雷やんだ。
ごらん、なゝいろ 虹の橋
すいすい子つばめ くぐってる。
渡ってみせろ
またいでみせろ
だけど、髙いよ 虹の橋
まだまだ子つばめ とべなかろ。
日記 「随想」から
童謡詩は十篇程度残されていますが、内二篇を示します。
かまきり独白(どくはく)
ぢりり ぢりり おてんとさま
暑ければ よいこらさ
鎌ふりあげて いねの花
はづかしがることもない 野良仕度ぢや
ひとつぶのおこめでも
このたゞならぬ 世のなかに
おいらのちからが 役にたつちゆうだ
よいこらさ
ぶかつこうな づうたいをして
よいこらさ
負けちやあひすまぬと おてんとさま
ぢりり ぢりり あついのだが
ぞうざんとやら やって居りまする。
日記 「随想」から